※Xで連載していた20年振り返り企画『稲葉組ができるまで』を加筆・修正したものをまとめています。
【目次】
2005〜2010 始まりの朝霞西(『A Midair Knight’s Dream』とか『La Esperanza』とか)
⇒2010〜2012 ラブコメの始まり(『Twinkle Night』とか『I Got Rhythm!』とか)
2013〜2015 高校演劇を諦めた日(『Love & Chance!』とか『Ernest!』とか『Eliza!』とか)
2016〜2017 逆襲の新座柳瀬(『Love & Chance!』とか『Merry-Go-Round!』とか)
2018〜2020 奇跡のようなこと(『Ernest!?』とか『Confession』とか)
2010『Twinkle Night』(創作)
新座柳瀬に異動して、最初にクリスマス公演用に書いた作品。当時、宝塚を受験をしていた部員がいたこともあり「宝塚っぽい作品を」ということで書いてみました。
柳瀬は多目的室が演劇部占有で、照明用の200V50Aのブレーカーがありました。調光卓は6フェーダーぐらいのものでしたが、それをSceneSetter48とディマーパックの組み合わせに置き換えて、回路数を確保しました。
その部屋に合宿所で培った方法で大道具を立て込んで洋館っぽく仕上げました。
二つの時代を不思議な石で結んで展開する物語、2つの時代を交互に配置しながら物語の収束へと向かいます。どうしてもドラえもん育ちなので、原作無しで書くと少し不思議な物語に寄りがちに。
大道具的にはドア作りレベルが5に上がった!

【補足】宝塚っぽさを身につける
この時、どうやって宝塚っぽい作風を学ぼうか考え、当時、足しげく通っていた新宿の紀伊國屋にあった柳花堂さんへ行き、お店の方に相談しました。
おすすめの作品を伺って脚本を手に入れ、あらすじをまとめ、登場人物の相関図を作り、印象的なを書き起こすなどして、科白の語感や物語展開を掴もうとコツコツとノートに書き写しながら、色々なパターンを学習しました。
なので、柳花堂さんが閉店された時はショックが大きかった。推しのトップスターの退団公演の際に『柳花堂さんへ』と大きくサインの入ったポスターを、次のポスターと貼り替えた後に保管しておいてくださって、プレゼントして頂いたのが懐かしい思い出です。

2010『Alice! 〜ハートの国の殺人事件!?編〜』(脚色)
(ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』による)
『Twinkle Night』と並行して稽古した作品。
さいたま市の中学校の演劇部出身の部長の縁で、中学校の合同発表会にゲスト参加させていただくことに。
新作と並行だったので、こちらの別動隊は『Alice!』を再演することに学校が変わったので、衣装やセットは新しく揃えました。
大道具的にはドアを4枚も新しく作ったので、ドア作りレベルが9に上がった! また、写真を見るとこの頃はまだ階段は1段22.5cm、踏み板の奥行き30cm。この階段は正直、少し登りにくい。

2010『La Esperanza』(創作)
こちらも再演。
2010年度に上演した3作品は、部員と僕の作風の擦り合わせの期間だったように思います。異動すると学校の雰囲気はもちろん、演劇部の雰囲気も違うので、そういう期間が必要だったのかなと今、振り返ると思います。
再演ものを上演すると、特にその違いがわかります。
新座柳瀬は直前まで高校演劇の名作に取り組み、中央発表会にも出ていたので、この時の変化はとても急激なものだったと思います。
でも、まもなく始まる主演コンビ・システムで、最初のコンビとなる2人がその変化に対応してくれたのが大きく、スムーズなスタートが切れたのだと思います。

2011『Snow White? Bloody Red!』(脚色)
(グリム兄弟『白雪姫』による)
『Alice!』のように童話を原作にというリクエストから生まれたのがこの作品。脚色作品の中では比較的、原作準拠なのですが、意外と『白雪姫らしくない』と言われることが多くありました。
この時の衣装は白雪姫が白、女王が黒、小人たちが虹各色の特攻服。大道具は小人たちの部屋と女王の部屋の間に可動式パネル。それが動くことで場面転換をしました。そのパネルには通り抜け用のドアが着いており、ドア作りレベルが10に上がった!
音響面では初めて→Pia-no-jaC←さんの楽曲を使用した作品でもありました。この直前に宝塚で使用された影響です。
また、この作品が全く関係性のないところから上演申請の来た最初の作品でもありますコピスみよし高校演劇フェスティバルでの上演を観た南稜高校さんが翌2012年の春季演劇祭と高校演劇サマーフェスティバルで上演してくれました。

2011『I Got Rhythm!』(創作)
初期設定から宝塚らしく書いてみた最初の作品。
主演コンビ、2番手の味方カップル、3番手男役が敵役のパターン。設定は港町でマフィアのせいで経営傾くジャズクラブを立て直す物語。かなり王道的……というか、まだ応用が効かなかった頃でした。
この作品で4年ぶりに中央へ
上演順が最後だったことも助けとなり、上演はとても盛り上がり、ラスト場面に入った所から観客の黄色い声が上がり、緞帳が降りる前から拍手が起きる。
当時の会長先生に『中央発表会であんなに拍手と歓声が上がる中、緞帳が降りるのは初めて観た』と云って頂いたことが印象的でした。
(第60回埼玉県高等学校演劇中央発表会 優秀賞)
そして、初めての関東大会は新潟県。
初遠征ということもあり、作品の調整や準備があまり上手くいかずに残念な思いを残すことに。この頃はまだ、一度組み立てた作品を大胆に作り直す必要性を理解できてなかったし、その勇気もなく、詰める稽古しかできませんでした。
(第47回関東高等学校演劇研究大会 優良賞)

2011『Twinkle Night』(創作)
関東大会後、柳瀬で最初の卒業公演。
準備期間もなかったので、前年のクリスマス公演用に書いた作品を、クリスマスからイースターに書き換えて再演。
柳瀬で芝居を作り始めて1年半、色々なものが揃い始めて、それらしい雰囲気で上演できるようになってきました。
そして、この演目で最初の主演コンビが卒業。
一緒に過ごした期間は1年半弱と短かったけど、その後に大きな影響を残した2人。
こうして、良くも悪くも新座柳瀬のブランディングが始まると共に、それに伴って、ウチの県が変容していく10年の始まりでもありました。

2011『LENS』(小林賢太郎/作)
年度が変わらないうちに2年生の強化計画の一環として企画した自主公演。この頃はやっぱりKKPが好きな部員が多く、この演目をという感じになりました。
この時の2年生はなかなかに個性的なタイプが集まっていたので、こういう作品がよく似合っていました。
基本的にこうした作品を上演する時はノーカットで上演するので、上演時間は長くなり、稽古も大変なのですが、準備も組めて得られる経験値は大きいものがあります。この時もどうやって再現しようかと試行錯誤することで、作品作りのヒントをたくさん得られました。

2012『To Explosion』(脚色)
(宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』による)
春季は宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の終盤を会議ものとして書いてみた作品。
脚本としては、今でもよく登場する『〜〜大作戦!』というパターンが登場した最初の作品です。これは『良い声してるんだから、もっと大きな表現ができたら良いのに』という男役に向けて書いてみた場面。この子はこの作品と次の作品で何かを掴んで急成長を遂げていきます。
ラストは『噴火を表す赤い照明で舞台を染めたい』というイメージが先にあり、その実現をどうしようかと試行錯誤。ホリゾントが開いてると存在感がありすぎるし、途中で開けると、それはそれで気になる。そこで木枠に仮縫い用シーチングを貼ったパネルを作り、その背後から照明をあて、赤く染めることにしました。

2012『Lumière!』(創作)
秋季は発明家シリーズのラストの作品。
映画を発明したリュミエール兄弟の初上映会とエジソンをめぐる疑惑をめぐる物語……と云っても難しい話ではなく、コメディー仕立ての作品。
この作品では、映画上映の場面があるので、上演中に初めてプロジェクターを使用しました。
脚本的には『少し早口めに膨大な科白をやり合うスタイルの場面』が初めて登場し、当時の2年生男役2人が、それを見事にやり遂げてくれたのでした。
【この2人にならできること】
ここからの1年半、それを突き詰めていくことで、僕の脚本スタイルが固まっていったのでした。

2012『姫が愛したダニ小僧』(後藤ひろひと/作)
このタイミングで再び後藤さんの作品を2本続けて上演するのですが、よせばいいのに両作品とも2時間越え。
この時の書き起こしの作業と次の脚本準備の時期が重なっていたのは、今振り返ると宝塚に寄りきらなかった原因の一つかなと思います。
この作品はタイトルの通り、姫が登場します。この姫が終盤に自分のために命を落す家臣たちの姿を目の当たりにする場面がありました。この場面がどうしても、型通りの嘆き方で嘆いているように見えない。
ここが大きな分かれ道。
ここを超えると飛躍的に上手くなるであろうポイントは部員ごとに違いますが彼女にとっては正にここ。
『キャラクター同士の関係性や置かれているシチュエーションを考えた時、悲しみとか怒りとか恐怖とか絶望とかはそんなもの?』
これを繰り返し問い続けて気づいてくれればきっと上手くなる、でも気づけないと苦痛な時間が続く。
どこで諦めるか、逡巡すること数日、それに彼女は気づきガラリと変ります。これがあるから本当に諦めるべきか、今も悩むのです

2012
『MIDSUMMER CAROL ガマ王子 vs ザリガニ魔人』
(後藤ひろひと/作)
その年の卒業公演。
大きな劇場で複数の空間を使い分けながら進む物語を小さな空間で再現するため、舞台の中にカーテンを取り付けた部屋を2箇所作り、カーテンの開閉で場面転換をしました。
そして、この時は何より、演劇部顧問8年目にして初めて3年間続いた男子部員が卒業。
卒業公演では主役を務めました。
2年生で祖父役がハマって以来、完全に立ち位置を定め、圧倒的な稽古量で存在感を高めていきました。稽古が終わると、舞台上でその日に云われたことを確認してから帰っていたのが今でも印象に残ってます。

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